本格ミステリの傾き者、推理作家 [霞流一 探偵小説事務所]
今年は実によく雨が降る。本にとって最大の敵は雨である。
ん?家にこもって読書にふける格好の日和ではないか、と反論する方もおられよう。それはそうだが話の次元が違う。
精神ではなく物理。本は水に弱い、というごく当たり前の問題について言及しているのだ。
雨の日になると、どうしてもそのことを考えずにはいられない。相応の理由がある。
私の親は地方の小さな商店街で書店を営んでいる。かれこれ二十年ほど前にもなるが、台風に襲われ、近くの川が氾濫した。洪水は町を覆い、どの家も床上浸水の猛威にさらされた。
突然のことであり、しかも深夜、また誰もが高い堤防を信頼しきっていたので、まさにこれこそ寝耳に水。一階の家具など運び上げる間もなく、人間と生き物だけ二階や屋根裏に避難するのがせいいっぱい。
うちの被害は凄絶であった。店舗の本は水浸し。私も事後処理の救援に赴いたものの、とても救いようがない。その時、初めて知ったのは、本は水を吸うと物凄く膨張すること。パンパンに膨れ上がり、棚から抜けないのである。やむなくシャベルで岩盤を掘削するような作業を行う。どの本も廃棄、甚大な損害を蒙った。
ここで話はちょっと変わる。
商店街のどの店も火災保険には入っていたものの水害についてはまったくノーガードであった。誰もが臍を噛んだ。いかに悲惨な状況であっても保険金は降りない。
しかし、一軒だけ例外があった。
水害保険に入っていたのではない。洪水のさなかに運良く(?)火災に見舞われたのである。消防隊は大水に阻まれ駆けつけることが出来ず、店舗はほぼ全焼。
そこは「葬儀社」で常に仏壇の灯明を絶やさないことを習慣にしており、避難騒動の際、蝋燭が倒れたのが火災の原因らしい。というのが店主の言い分。無事、保険は降り、町内で唯一、再建に懐を痛めずに済んだ店となった。
しかし、本当に火災は事故だったのか? 誰もが疑惑を抱いたが、手掛かりは既に火と水で二重に消滅。故意だとすれば店主は相当のキレ者だなあ、と私は感心することしきりであった。
後に、父が他界した際、うちは迷わず件の葬儀社を選んだ。期待に違わず実に手際のよい仕事振り。ミステリは深まるのであった。
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