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■ 7月26日(木)・2007
July 26, 2007 10:23 AM


 ミステリの他に好んで読むものといえば、
奇人さんもの、超常現象もの、ホラー系、料理本、犬の本といったところ。
それと、
毒烈な刺激に満ちたドキュメント、
俺は勝手にこう名付けている。「毒メント」。


 最近、強烈なボディブローの効いた「毒メント」を二冊ほど読んだ。
 一冊は、
「反転」(田中森一/幻冬舎)。
著者は、辣腕の特捜検事でありながら、辞職し、まったく逆の立場、
闇社会の弁護士へと転じた鉄骨のアウトロー。


前半、検事時代に経験した理不尽な権力構造の実態が描かれる。
捜査がある高みに入ると、横槍が入り、強制的に中断させられる苦悩。
被疑者と政治家との癒着であり、そこには、
中曽根や森喜朗といった大物の実名が現れ、慄然とさせられる。
また、ロッキード事件が、中国やソ連と親密化していた田中首相を追い落とすための、
アメリカ政府の陰謀も含まれていたという仰天の真相など、ミステリを軽く凌駕するエピソードも多い。


後半は、闇社会の弁護士になってからの攻防戦。
幾つもの事件を通して、企業、ヤクザ、政治家の濃密な三位一体が描出される。
大物ヤクザを一時的にフランスに逃亡させる際に、
なんと、現総理の父、阿倍晋太郎に段取りを計ってもらったという、ダイナミックなエピソードは爽快ですらある。
バブルが到来する経緯なども、タブーを平然と描くことで、すこぶる明瞭に理解することが出来た。
大量の札束を切って、
「国に税金を持っていかれるよりは、先生に使っていただく方がどれだけ日本経済のためになりますやら」
というヤクザの本音が痛いくらいの真相に感じられた。


 もう一冊の「毒メント」は、
「サマースプリング」(吉田アミ/太田出版)。
正直、最初は、文化系女子叢書第一弾と肩書きがあるので、ちょいと敬遠していたが、
信頼のおける読み手の方から推薦されていたので、
どれどれとページをめくると、
その手が止まらなくなった。


不謹慎を承知で言えば、ホラーテイストが効いている。それは、著者の意図ではないかもしれないし、そう読まれることを忌み嫌うかもしれないが、
このリーダビリティはただものではない。
それでいて、次第に、追い込まれるような息苦しさを覚えるのだが、
ランナーズハイならぬリーダーズハイなのか、麻薬じみた快感に転じてくる。


著者が中一の時、春から夏にかけて、体験した毒に満ちた日々。
狂った母、狂った祖母、と三人暮らし。
その黒い血は自分にも遺伝しているのか、常時、不安感につきまとわれている。
ハハ、ソボ、という表記に、著者の思いを端的に見て取れる。
家の中に胡坐をかく万年地獄のようなエピソードがめまぐるしい。
ハハがソボの大切にしている仏壇を勝手に処分したり、
ガラスの食器を片っ端から割って、ステンドグラスをこしらえようしたり、
トランクにめちゃくちゃに物を詰め、はみ出た襟巻きをハサミで切り落とす、等等。
著者が閉じこもる勉強部屋に、ドアを叩き壊して侵入してくるハハは、まさしく「シャイニング」である。
時折、挿入される、蝶の鱗粉のふりかけや、ゼラチンで固める金魚鉢といったイメージショットが印象的だ。
絶望の嘔吐感を自覚できる間は生きていける、そんな退路のない読後感に追い込まれた。痛みの強い痛快さである。
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いずれの二冊とも、
「あるものはある。いるものはいる」
ただ、ひたすらに受け止めるしかない。
それが「毒メント」の唯一の読み方であり、醍醐味だと思う。


 晩飯。冷汁。カボチャのガーリック炒め・三杯酢かけ。ニンジンとチクワのワサマヨ和え。



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