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■ アカバネン・グラフィティ7
July 15, 2007 6:57 PM


「殺戮の虫」


 西荻に住む前、北区の赤羽にいた頃は、ゴキブリとの抗争があった。
団地という構造のせいか、妙に多かった。
いちいち殺虫剤なぞ使うのはまだるっこいし、その隙に逃げられてしまう。
近くにある新聞紙とかスリッパで叩き潰す。
それさえも、まだるっこしくなってくる。
母親なぞは素手だった。素手でつぶす。居合い抜きみたいに一瞬の早業。
ただし、必殺の後、刀を鞘に納めるみたいなカッコよさはない。
トイレで死骸を払い落とし、紙でぬぐい、流し、手を石鹸でごしごし洗う。
ウエッ、そんなこと出来ねえ、と思うかもしれんが、出来てしまう。
俺もいつのまにかこの必殺技を習得していた。
今の住居はめったにゴキブリは出ないが、見つけると、つい、手が出る。
見た途端に、怒りが沸点にまで跳ね上がるのだ。
もう条件反射。そういう体になる理由がかつてあった。


十九歳の時、親が岡山に帰郷してから、赤羽の団地に一人暮らしをするようになった。
やがて、就職すると、部屋にいる時間が短くなる。
それがゴキブリの侵出に拍車をかけた。
帰宅して、明かりをつけると、ゴキブリの逃げ去る姿が必ずどこかにあった。
だんだん増えてくる。
俺は素手で殺したり、殺虫剤を吹き付けたり、バトルを繰り返す日々だった。


ある時、小さいゴキブリが数匹、コーヒーメーカーの中から出てきた。
住んでたのか?
お、お、おい、俺、知らず、コーヒー飲んでた。
吐き気と怒りが同時に噴火した。


(今、コーヒーを飲んでいた方、誠に申し訳ありません。
こんなもん読ませやがって、ってお怒りでしょうね。
本当にゴメンなさい。
で、その怒りの1000倍くらいを想像してください。それが、その時の、俺の怒りの数値だと思いますので)


怒りはMAXを超えた。
バトルなんざ生ぬるい。
こんどは戦争だ!
ゴキブリどもよ、この家がお前らの街のつもりならば、
「今からこの街は無いものと思え!」
リチャード・スターク「悪党パーカー/殺戮の月」(宮脇孝雄・訳/早川書房)より。


俺はバルサンを七、八個買ってきて、家の中のあちこちに仕掛けた。
また、サッシ、窓、ドア、あらゆる狭い隙間にガムテープで目張りをする。逃げ場ゼロの完全密室。
そして、バルサンのボタンを順番に押してゆく。
吹き上がる煙。白い柱が一本、二本、三本・・・毒の卒塔婆・・・・・・。
地獄の一丁目、二丁目、三丁目・・・俺は部屋を移動しながら、次々とボタンを押してゆく。
終えると、外に出て、ドアを閉め、鍵をかけ、地獄を密封した。
見上げた高い陽が眩しかった。


二時間ほど外をぶらついてから、帰宅。
ドアの鍵を開け、ノブを引き、封印を解く。
かすかに薬の残り香。
俺は窓やサッシを開けて、換気する。
そして、床を見下ろす。
いたるところに散らばる茶褐色の屍。
特に、端に多い。ガムテープの目張りの前であがいた奴ら。
その断末魔が固まって動かない。戦場は墓場と化していた。
喉をくすぐるような笑いがこみあげてくる。手は合わさない。


というような戦歴があったせいで、俺は家の中の害虫を見ると、ランボー化する体質なのである。
ダニとの戦いなんて、軽いものだったさ。
あっ、ゴキブリとの戦場の地獄絵がフラッシュバックする・・・・・・。



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