本格ミステリの傾き者、推理作家 [霞流一 探偵小説事務所]
「マルジ」
ヒトラーが「ドイツの技術」を誇示するために製作させたレーシングカー、
それがパリで競売にかけられるらしい。
日本円にして13億の値が予想されている。
いくら、あいつでも買わんだろうな。
そう、あいつ・・・。
あいつ、ってマルジのこと。
マルジ? フランス人? ヴィトンみたいなブランドの創設者?
いや、マルジは日本人。
昭和40年代に北区赤羽に棲息していた男だよ。
んなもん、誰も知らんわい!
で、いきなり、アカバネん・グラフィティ。
マルジはニックネーム、中学時代の俺の同級生である。
佐野史郎から半分くらい血を抜いて、衰弱させたような風貌。
赤ちゃんみたいな薄い茶色の髪がポワポワ生えているのが特徴だった。
こいつ、二週間おきに、必ず北区赤羽図書館に赴く。
そして、水木しげるの漫画「ヒトラー」を返却するのである。
返却して、すぐ、また、借りる。
これを延々と繰り返している。なので、赤羽図書館では、「ヒトラー」は常に貸し出し中。
ほとんどマルジの所有物と化している。
いつも、学校に「ヒトラー」を持参して、教室の隅で黙々と読んでいたな。
いったい、何べん読んだのだろう?
いったい、何を企んでいたのだろう?
やはり、世界征服を真面目に考えていたのか?
後年、何人かの者が、そのことをマルジ本人に問うたらしいが、
不気味に微笑むだけだったという。
が、今もまだ、マルジが世界を動かしている様子は無い。
マルジは会社勤めをするようになった。
なぜか、彼の家で、アダルト・ビデオの鑑賞会が開かれた。
なかなかのコレクションだったらしい。
赤羽の友人や会社の同僚が十人くらい参加した。
みんなマルジと同じく二十代半ば。
しかし、一人だけ、五十過ぎのオッサンが混じっていた。
妙に浮いていて、みんな、気になって仕方ない。
が、どういう交友関係なのか、最後まで解らなかった。
後に聞いたマルジの消息。
なんでも、乗馬にハマっているらしい。
しかも、かなりの腕前だという。
華麗な手綱さばきで、障害のジャンプなど高度なテクニックも操れるらしい。
どんどん、この男の正体が解らなくなってくる。
教室の隅で「ヒトラー」を読みふけっていたマルジ、あれはいったい何だったのだろう?
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