本格ミステリの傾き者、推理作家 [霞流一 探偵小説事務所]
年に二度、番犬ハチ君を動物病院に連れてゆく。
本日はその日。ワクチンの注射を打ってもらうためだ。
毎年、7月の半ばに行っていたのだが、梅雨時だし、また、暑い。
なので、二ヶ月くらいズラしても大丈夫かと訊いたら、
獣医さんが「抵抗力がついているからOKですよ」と明快な解答をしてくれた。
というわけで、涼しくなった快晴の本日、行くことにした。
朝、いつもと違う散歩コースなので、
ハチ君、大喜び。やはり、変化は嬉しいのだろう。ぐいぐいとリードを引っ張り、こっちは何度も転びそうになったりする。
興奮のあまり、ウンチも三回。あ、俺じゃなくて、ハチ君が、だよ。
ところが、病院が近付いてくると、ようやく気付く。
あれっ、もしかして、あそこに行くの? という不安な顔してこっちを見上げる。
スピードもちょっと落ちてくる。
手前、20メートルの距離になると、尻尾がたれる。そこ、ウドン屋の前で、いつも定位置なのでおかしい。
ハチ君、偉いのは、怖くても、抵抗せず、自分から病院に入っていくこと。
覚悟を決めているらしい。切腹の場に向かうサムライのようであるよ。
今回は、女医さんが診てくれた。
以前、別の女医さんが、すげえヘボで、ハチ君を怖がって触診すらできなかった。
なので、心配したのだったが、すぐに杞憂と解る。
今回の女医さんは、てきぱきと自信をもって当たってくれる。
そう、自信がないと、その不安感が犬に伝わり、脅えさせるのだ。
「治療」という概念が犬にはない。病院とは何をしているところなのか解らない、それで、恐怖心が湧くのである。
人間だってさ、UFOにアブダクションされて、意味不明のチップを埋められた時、すごく怖かったろ、なっ。それと同じなんだよ。
女医さんの腕、引っかき傷や噛み跡がずいぶんとあった。幾度も修羅場をくぐったのだろう。安心してハチ君を任せられると思った。
注射も一瞬のうちに終わった。死角の臀部近くに素早くチクッって。
ハチ君、早すぎて感じなかったらしい。何をされたのか全く解っていない。
あっさりと済んで、診察室から出てくると、気持ちに余裕が出来たのか、悪戯のネタを探していた。
病院を出て、ウドン屋の前にさしかかると同時に、尻尾がピンッと立ったよ。
今日は一日、安静にな。
晩飯、鳥のつくね鍋、仕上げは雑炊。少しずつ、鍋の季節に、歓喜。
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