本格ミステリの傾き者、推理作家 [霞流一 探偵小説事務所]
いつものように、夕刻、番犬ハチ君と散歩。
老朽化したモルタル塗りのちっちゃなアパートの二階から、
バイオリンの音が聞こえてくる。
たどだどしい演奏で、何度もつっかえたり、音程を外したり。
曲は、「見よ、勇者は帰る」
表彰式などで必ずと言っていいうほど使われるアノ曲ね。
それがキーコキーコと、
拙いバイオリンで奏でられている。表彰式の本番だったら暴動が起きるの必至。
で、キーコキーコと「見よ、勇者は帰る」が鳴らされてるわけだが、
なぜか、途中から、
唱歌「紅葉(もみじ)」、♪秋の夕日に照る山もみじ~
の曲に変調してゆくのだった。
それが、何度も繰り返される。つっかえたり、音程を外しながら。
「見よ、勇者は帰る」→♪照る山もみじ・・・→「見よ、勇者は帰る」→♪照る山もみじ・・・
これが延々と続くのだ。
そういうネタなのか?
笑芸人が練習でもしてんのか。
俺、しばらく、立ち止まって、二階の窓を見てたよ。
ぼんやりと人影がカーテンに映っている。
話は飛ぶけど、
俺、幼少の頃、バイオリン教室に通わされそうになったことがある。
親が情操教育でも施そうとしたのだろう。
しかし、なぜか、俺は頑なに拒んだ。ぜーったいにイヤだ、と。
珍しいくらいに強く拒否したらしい。(俺自身は、記憶が薄いんだよな)
で、こりゃ無理だと、親も諦めた。
じゃ、もしも、俺が素直にバイオリンを習っていたら、
と想像する。
俺の性格から考えて、まっとうな演奏には興味もたなかったろう。
きっと、イロモノに走ったろう。
そう、窓の向こうで、奏でてる人みたいに。
「見よ、勇者は帰る」→♪照る山もみじ・・・∞
えっ、あれって、俺?
カーテンがすっと開いて、
隙間から覗く顔は、俺
ハチ君に引っ張られるようにして、
その場を立ち去ったよ。
どこまでもバイオリンの音色が付いてくるようだった・・・
晩飯。焼きサンマ。エリンギの炒め物。キューリのドレッシングあえ。冷奴。カボチャのサラダ。
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