本格ミステリの傾き者、推理作家 [霞流一 探偵小説事務所]
・・・ショックである、・・・残念である。
泡坂妻夫先生の訃報。
今の気持ち、うまく言えない
なんというか、頭や胸の中が、悲呆、といった感じになっている。
謹んで御冥福をお祈り致します。
思い出がよぎった。
それも妙な思い出。
いくつかの大学のミステリ愛好会によって結成された
全日本大学ミステリ連合というのがある。
俺もワセダミステリ時代に、その会合によく顔を出していた。
で、年に一度、夏、
連合のメンバー有志らがどこかの旅館などの宿泊施設に集まり、
二泊三日くらいの
交流会が開かれる。
これをミステリ大会と呼ぶ。
その会に、プロのミステリ作家や評論家の方をゲストとしてお招きし、
講演会を開催する。
八十年代の初めの頃、
泡坂妻夫先生においでいただいたのである。
楽しいお話やマジックに、みんな至福のひととき。
やさしいお人柄にふれ、感慨もひとしおであった。
俺の二年くらい後輩に、もう熱狂的な泡坂先生のファンがいた。
仮にQ君と呼ぼう。
そのQ君、先生の熱狂的なファンなのだけど、
とてもシャイな男。気持ちをうまく表現できないのである。
加えて無類の酒好き。
そうなると、心情表現にアルコールというガソリンが点火し、
熱狂というより、
純粋に、
狂う。
大会が終わり、朝、みんな旅館を後にする。
泡坂先生も駅に向かわれる。
そして、
先生が歩いておられる周りを、
つかず離れず、
Q君が無言でうろうろとしている。つくづく不器用な男である。
しかも、酔っている。かなり芯まで酔っている。
しかも、しっかり片手に一升瓶をぶら下げ、
三十秒おきくらいにラッパ飲みしているのだ。
先生とのお別れが辛い、その思いがそうさせているのだろう。
実に異様な光景であった。
真夏の朝、強い日差しの照りつける路上で、
泡坂先生の周りを、
一升瓶ラッパ飲みしながらふらついている学生Q君。
それでも、先生はにこやかな面持ちをされ、
「ああ、昨日興奮していたワセミスの青年ね」といった思い出を味わい深く噛み締めているご様子で、
Q君に時折やさしい(少し脅えも混じっておられたかもしれない)視線を送るのであった。
このシーンが、駅までずっと続いた。
今から思うと、Q君をどうにかしろよ、俺、
って気になる。
甘酸っぱいメモリーである。
ふと、今頃、悲報に接したQ君が、
禁じられている酒を呷っているのではないかと、心配でもある。
自分は、僭越ながらも、先生の告別式の末席に加わり、
ご焼香させていただこうと思っている。
短編「紳士の園」「掌上の黄金仮面」
長編「妖女の眠り」
頭に刹那的な浮かんだ、大好きなベスト3である。
夜、「戎(えびす)」北口店で一杯。熱燗のコップ酒が刺さるようだった。
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