本格ミステリの傾き者、推理作家 [霞流一 探偵小説事務所]
午前中、心療内科へ赴く。
月に一度、
健康状態を先生に報告し、
常用薬の処方をしてもらうためだ。
おかげで、ここ数年、心身ともに至って良好である(と自分では思ってる)。
ありがとうございます。
最近混んでいて、
先生との面談まで、
待合室にいる時間がちょっと長いけど、
そこはそれ、こちとら馴れたもの、
数冊の本や、原稿の下書きノートと筆記用具、電子辞書などを
カバンに詰め込んで持参してるので、まったく退屈しない。
有効に時間を使わんとね。
時は金なり、ホラーはトモナリ、である。
あと、読書や執筆もいいけれど、
ヒューマンウォッチングもすこぶるスパイシー。
なんせ、心療内科である。
個性の濃ゆい人がいる確率が高い。
まあ、本日は、全体的に無風の状態、
凪(なぎ)という感じだったけど、
斜め前のソファにいる二人連れが、ちょっとだけ気になった。
老いた母親と、その付き添いの五十代くらいの娘さん。
ほとんど黙ってぼんやりと診察の順番を待っているが、
たまに会話を交わす。
昨日、雛祭りなので、やはり、ちらし寿司を作ったらしい。
娘「お寿司、ぜんぶ食べたの?」
母「上だけ、食べた」
娘「じゃあ、残ったご飯は捨てたの?」
母「上だけ食べた」
娘「ご飯は捨てたの?」
母「上だけ食べた」
娘「ご飯は捨てたの?」
母「上だけ食べた」
・・・これが、あと三、四回くらい続き、
娘さんの声がだんだん大きくなっていった。
また、しばらく沈黙が続き、
こんどは、買い物のことを話し始める。
母「袋がほしい」
娘「スーパーのレジでもらえるわよ」
母「袋がほしい」
娘「スーパーのレジでもらえるわよ」
・・・これが、やはり、あと三、四回と続くのだった。
お母さんの耳が遠いのかな、と思った。
あるいは、お母さん、一種の強迫神経症で、
何度も同じことを言って確認せずにはいられないのかな、
その仮説もありうると思った。
しかし、もう一つの可能性に突き当たる。
病気なのは、
お母さんではなく、
娘さんの方。
記憶が短時間しかキープできない病気があるけど、
これは、
三秒前に言ったことを忘れてしまう症状。
そこまで極端なのはあるか、って、まあ、時間の認識なんて相対的なものなのである。
象の時間、蟻の時間、とよく言うではないかっ。
まあ、どうあれ、
こちとら、何があろうと、常にミステリ原理主義。
ネガとポジが反転するがごとき、
母と娘の立場が入れ替わる、
このトリッキーな構図に、
ただただ喜悦の笑みを浮かべるばかりであった。
あ、名前呼ばれた。
俺の番。
診察室に入り、
心身ともに至って健康であることを、先生に報告する。
晩飯。
昨日の残りのちらし寿司、
「上だけ食べた」、いや、ぜんぶ食べました。
肉じゃが、も。
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